法人向け:ポストFIT電源を活用したScope 2・3排出量削減の具体戦略
はじめに:企業のGX戦略におけるポストFIT電源の重要性
日本のエネルギー市場は、FIT(再生可能エネルギーの固定価格買取制度)買取期間の順次終了という大きな転換期を迎えています。特に法人のお客様においては、脱炭素経営への取り組みが加速しており、CO2排出量削減目標、RE100のようなイニシアティブへの参加、サプライチェーン全体での排出量管理などが喫緊の課題となっています。
このような状況下、FIT期間を終えた太陽光発電設備などが大量に市場に存在することになります。これらの「ポストFIT電源」は、そのままだと安価な電力として扱われがちですが、企業の脱炭素戦略においては非常に重要なアセットとなり得ます。新規事業開発担当者の皆様におかれましては、このポストFIT電源をいかに企業のカーボンニュートラル達成に貢献させ、新たなビジネス機会を創出するかが重要なテーマとなります。
本稿では、ポストFIT電源を活用した企業のScope 2およびScope 3排出量削減に向けた具体的な戦略と、それに伴うビジネス機会について解説いたします。
企業のScope 2排出量削減とポストFIT電源
Scope 2排出量は、事業活動における電力や熱、蒸気の使用に伴う間接的なCO2排出量を指します。企業がこのScope 2排出量を削減するためには、再生可能エネルギー由来の電力への切り替えが最も効果的です。FIT期間中の大規模電源はこれまで電力市場や小売電気事業者の調達を通じて利用されてきましたが、ポストFIT電源は多様な形で活用が可能です。
自家消費モデルの強化・多様化
ポストFIT電源を最も直接的にScope 2削減に繋げる方法は、発電した電力を自社の拠点や工場で自家消費することです。これは「オンサイト自家消費」と呼ばれ、物理的に同一敷地内で発電・消費するため、電力系統からの購入電力を削減し、その削減量だけScope 2排出量を確実に減らせます。
- 既存のFIT買取案件の自家消費切り替え: 既存の自社所有設備や、PPAモデルで設置された設備のFIT期間終了後、全量を自家消費に切り替える戦略です。
- 新たに自家消費型PPAの活用: FIT制度に頼らない、非FIT型の自家消費型PPAモデル(第三者所有モデル)を導入し、屋根や遊休地に太陽光発電設備を設置する企業が増えています。 FIT終了案件をリパワリングや設備改修とセットで、新たな自家消費型PPAとして再契約する可能性も検討できます。
また、敷地外の再エネ設備から物理的に送電線を引く「オフサイト自家消費」も、託送費負担はあるものの有効な手段となり得ます。
再エネ価値証書の活用
ポストFIT電源によって発電された電力は、その環境価値を「非FIT非化石証書」や「J-クレジット(再生可能エネルギー)」として分離・証書化し、取引することが可能です。企業はこれらの証書を購入することで、自社が使用する電力のCO2排出量をオフセットし、Scope 2排出量を削減できます。
- 非FIT非化石証書: FIT電源由来ではない再生可能エネルギーの環境価値を証書化したものです。ポストFIT電源由来の電力も、要件を満たせば非FIT非化石証書の発行対象となり得ます。
- J-クレジット: 省エネルギー設備の導入や再生可能エネルギーの活用によるCO2排出削減量や森林経営による吸収量をクレジットとして認証する制度です。再エネ発電設備による発電もクレジット創出の対象となり得ます。
これらの証書を取引する市場(例:非化石価値取引市場)を介して、ポストFIT電源が生み出す環境価値を企業に供給するビジネスモデルが展開可能です。
法人向けコーポレートPPA(オフサイト)
自社の敷地内に設置が難しい場合でも、遠隔地の再エネ発電所(ポストFITを含む)から長期的に電力を購入する「コーポレートPPA」が有効です。
- 物理的コーポレートPPA: 特定の再エネ発電所と電力購入契約を結び、送配電ネットワークを介して電力を物理的に調達します。トラッキング付き非化石証書を組み合わせることで、特定の電源由来の再エネ電力として使用していることを証明できます。
- 仮想的コーポレートPPA: 金融契約の一種であり、発電事業者と需要家が事前に定めた価格(約定価格)と市場価格との差額決済を行う契約です。電力自体は市場から調達しますが、経済的な仕組みで再エネ導入を支援し、環境価値を連動させます。
ポストFIT電源は、既存の設備を活用できるため、新規開発よりもコストを抑えられる可能性があり、コーポレートPPAの対象電源として魅力的な選択肢となり得ます。
企業のScope 3排出量削減とポストFIT電源
Scope 3排出量は、企業の事業活動に関連するサプライチェーン上のあらゆる排出量を指し、その範囲は非常に広範です。Scope 3の削減は複雑ですが、ポストFIT電源を活用したサプライチェーン全体での再エネ導入支援は、効果的な削減策の一つとなり得ます。
サプライヤーへの再エネ導入支援(Scope 3カテゴリ15)
企業のScope 3排出量のうち、特に重要となるのがサプライヤーからの購入した製品・サービスに関する排出量(カテゴリ1)や、販売した製品の使用に伴う排出量(カテゴリ11)、そして投資先からの排出量(カテゴリ15など)です。企業は自社のサプライヤーに対して、事業活動における再エネ導入を働きかけることで、サプライチェーン全体のCO2排出量削減に貢献できます。
- サプライヤーへの再エネ導入コンサルティング・支援サービス: サプライヤーがポストFIT電源を活用した自家消費設備を導入する際のコンサルティング、PPAモデルの紹介、ファイナンス支援などを提供する。
- 共同での再エネPPA契約: 複数のサプライヤーと連携し、大規模なポストFIT発電所と共同でPPA契約を結ぶ。
- 再エネ電力メニューの提供: サプライヤー向けに、ポストFIT電源由来の電力を供給する特別な料金メニューを提供する小売電気事業者との連携。
ポストFIT電源は、既存設備であることから、サプライヤーにとって比較的小規模な導入や、コスト負担を抑えた形での再エネ調達を可能にする可能性があります。
製品・サービスへの環境価値付与
企業が製造・販売する製品や提供するサービス自体に、ポストFIT電源由来の再エネ価値を付与することで、製品使用時や関連する活動のScope 3排出量削減、あるいは環境訴求力を高めることが可能です。
- EV充電サービスへの再エネ電力供給: EVの充電にポストFIT電源由来の再エネ電力を供給することで、車両使用時の排出量(間接的ではあるがScope 3に関連し得る)を削減。
- データセンターの再エネ化: ポストFIT電源を活用してデータセンターの電力を再エネ化することで、サービス利用企業のScope 3排出量削減に貢献。
ポストFIT電源活用におけるビジネス機会と課題
ポストFIT電源を活用した企業のScope 2・3排出量削減支援は、新規事業開発において多くの機会を創出します。
- 多様なPPAモデルの設計・提供: オンサイト、オフサイト、物理、仮想など、企業の規模やニーズに合わせた柔軟なPPA契約モデルを開発・提供する。FIT終了設備の改修やリパワリングをセットにしたPPAも対象となり得ます。
- 再エネ価値取引・管理プラットフォーム: ポストFIT電源由来の非化石証書やJ-クレジットの売買・管理を支援するプラットフォームの開発・運営。
- 自家消費設備関連サービス: 設計、設置、O&Mに加え、FIT終了後の設備診断、リパワリング提案、蓄電池連携サービスなどを提供する。
- サプライチェーン連携サービス: サプライヤーの排出量可視化ツール、再エネ導入支援コンサルティング、共同購入スキームの構築支援。
- データ活用・可視化ソリューション: 発電量、消費量、CO2削減量をリアルタイムで可視化し、レポーティングを支援するサービス。
- ファイナンス・保険サービス: FIT後設備の改修・再活用に向けた新たなファイナンススキームや、リスク(市場価格変動、出力変動など)をカバーする保険商品の開発。
一方で、以下のような課題も存在します。
- 既存FITオーナーとの関係構築: FIT終了後のオーナー(個人・法人)との契約継続、設備売却、撤去など、多様なニーズへの対応と適切なコミュニケーション。
- 設備の老朽化: ポストFIT電源は設置から10年以上経過しており、設備の性能劣化や故障リスクが増加します。適切な診断、メンテナンス、必要に応じた改修・リパワリングの提案が必要です。
- 市場価格変動リスク: FITのような固定価格ではないため、市場価格の変動が収益性に直接影響します。価格リスクをヘッジする仕組みや、固定価格での長期契約(PPAなど)の重要性が増します。
- 系統接続・出力抑制リスク: FIT期間中に接続された設備であっても、電力系統の状況によっては出力抑制の対象となる可能性があります。
- 法規制・認証制度の動向: 非化石証書制度、FIP制度、カーボンプライシング、サプライチェーン排出量算定基準など、関連法規制や認証制度の動向を常に注視し、ビジネスモデルを柔軟に対応させる必要があります。
まとめ
ポストFIT電源は、単に買取価格が終了した電源というだけでなく、企業の脱炭素経営、特にScope 2・3排出量削減という喫緊の課題を解決するための重要なピースです。新規事業開発担当者の皆様におかれましては、ポストFIT電源が持つポテンシャルを深く理解し、自家消費、再エネ価値証書、多様なPPAモデル、そしてサプライチェーン全体への展開といった具体的な活用戦略を提案・実行することが求められます。
そのためには、既存FITオーナーとの円滑な関係構築、設備の技術的な評価と対策、そして変動する市場や法規制への適応力が不可欠となります。データに基づいた客観的な分析力、企業のニーズを深く理解する洞察力、そして多様なプレイヤー(発電事業者、需要家、金融機関、小売電気事業者、O&M事業者など)を繋ぐコーディネーション能力が、ポストFIT時代における再エネ事業の成功の鍵となるでしょう。ぜひ、この大きな変化を新たなビジネス機会と捉え、積極的に取り組んでいただければと存じます。