データで読み解くポストFIT市場:市場規模予測と主要プレイヤーの分析
ポストFIT市場の全体像を理解する重要性
再生可能エネルギー固定価格買取制度(FIT)による買取期間が終了した太陽光発電設備が年々増加し、「ポストFIT時代」が本格化しています。エネルギー関連企業において新規事業開発をご担当されている皆様にとって、この市場の全体像、すなわち市場規模の現状と将来予測、そして主要なプレイヤーとその戦略を正確に把握することは、今後の事業戦略を立案し、新たなビジネス機会を捉える上で不可欠です。
本記事では、ポストFIT市場がどのような構造を持ち、どの程度の規模に成長する可能性があるのか、そしてどのような企業がどのような戦略でこの市場に臨んでいるのかを、データや客観的な分析に基づき解説いたします。
FIT終了による市場構造の変化
FIT制度は、再生可能エネルギーの導入初期段階において、発電した電気を固定価格で電力会社が買い取ることを保証することで、導入拡大に大きく貢献しました。しかし、買取期間が終了した設備からは、もはやFITによる有利な価格での売電は保証されません。
これにより、卒FITを迎えた再生可能エネルギー設備(特に太陽光発電)から生まれる電気は、主に以下の3つの選択肢に直面します。
- 自家消費: 発電した電気を自家で使用する。
- 相対契約による売電: 新たな電力小売事業者等と交渉し、市場価格等を参考に決定された価格で売電する。
- 市場取引: 卸電力取引市場を通じて売却する。
FITによる「つくれば売れる」構造から、「いかに賢く電気を使うか、あるいは高く売るか」へと、市場の軸足が変化しています。この変化は、自家消費関連サービス(蓄電池、HEMS等)、相対契約の多様化、そして需給バランス調整に関わる新たなサービス(VPP、PPA等)の市場形成を促しています。
ポストFIT市場の規模予測
ポストFIT市場の規模を定量的に把握することは容易ではありませんが、卒FITを迎える設備容量の累積、関連サービスの普及動向、政府のエネルギー政策などを基に、様々な機関が市場規模予測を行っています。
経済産業省の資料や各種調査レポートによると、低圧(住宅用)および高圧・特別高圧(産業用等)の卒FIT設備容量は、2019年度以降急速に増加しており、今後も継続して増加していく見込みです。この膨大な設備容量が生み出す電気の行方が、ポストFIT市場の規模を決定づけます。
- 自家消費市場: 卒FIT後の最も有力な選択肢として自家消費への関心が高まっています。特に、電気料金の上昇傾向や再生可能エネルギー自家消費に対する補助金制度などが、自家消費関連設備(蓄電池など)やサービス(自家消費最適化サービスなど)市場の拡大を後押ししています。調査によっては、2030年代に向けて数千億円規模の市場に成長するとの予測もあります。
- 余剰電力売却市場: 相対契約や市場取引による売電市場です。FIT買取価格と比較して大幅に低い価格での取引となるケースが多いですが、特定の条件下(例:非FIT電源としての再エネ価値)での売却や、他のサービスと組み合わせた契約形態など、多様な形での取引が行われます。特定の顧客基盤を持つ小売事業者にとっては、非FIT電源を確保する重要なチャネルとなります。
- 関連サービス市場: 蓄電池、VPP、PPA、O&M(運用保守)、エネルギーマネジメントシステム(EMS)、EV充電設備など、ポストFITに対応するための様々なサービス市場が創出・拡大しています。これらのサービス市場全体として、今後数年で数千億円規模、将来的には1兆円を超える規模に成長する可能性も指摘されています。
これらの市場は相互に関連しており、特に自家消費の拡大は蓄電池やEMS市場を活性化させ、VPPやPPAといった新たな契約形態は、余剰電力の有効活用や法人需要家の再エネ調達ニーズに応える形で成長が見込まれます。
ポストFIT市場の主要プレイヤーとその戦略
ポストFIT市場には、多様なバックグラウンドを持つ企業が参入し、それぞれの強みを活かした戦略を展開しています。
- 既存電力会社(大手電力・子会社含む): 卒FITオーナーに対する新たな買取プラン(相対契約)の提供を基本としつつ、子会社等を通じて蓄電池販売やリース、エネルギーマネジメントサービスなどを展開し、顧客の囲い込みを図っています。長年培った顧客基盤と供給信頼性が強みです。
- 新電力・PPS(特定規模電気事業者): 既存電力会社とは異なるユニークな買取価格やサービス(例:特定エリアでの高価買取、他のサービスとのセット割引など)を提供することで、顧客獲得を目指しています。非FIT電源の調達チャネルとして、卒FIT設備からの買取を強化する動きも見られます。
- 蓄電池メーカー・販売施工業者: 卒FITによる自家消費ニーズの高まりを最大の機会として捉え、住宅用・産業用蓄電池の販売・設置事業を強化しています。製品ラインナップの拡充、設置サービスの質向上に加え、エネルギーマネジメント機能の提供など、サービス連携も進んでいます。
- アグリゲーター・VPP事業者: 分散する卒FIT設備を含む再生可能エネルギー電源や蓄電池、需要設備などを束ねて制御し、電力系統の安定化や市場取引に活用するVPP事業を展開しています。高度な制御技術やプラットフォーム構築力が競争優位性となります。
- エネルギーサービスプロバイダー(ESCo等): 法人顧客に対し、PPAモデルによる太陽光発電設備の設置・運用や、自家消費最大化、エネルギーコスト削減に向けた包括的なエネルギーソリューションを提供しています。顧客の設備投資負担を軽減しつつ、長期的な契約関係を構築することが特徴です。
- 住宅メーカー・リフォーム事業者: 新築・リフォーム時に太陽光発電システムや蓄電池、HEMSを標準搭載したり、これらの設備をパッケージにしたリフォームプランを提案したりすることで、卒FIT後を見据えた住宅の付加価値向上を図っています。
- IT・データ分析企業: 再生可能エネルギーデータの収集・分析、需要予測、最適制御アルゴリズムの開発など、データとテクノロジーを駆使して、エネルギーマネジメントやVPPプラットフォーム構築を支援・提供しています。
これらのプレイヤーは単独でなく、提携や協業を通じて、より付加価値の高いサービス提供を目指すケースが増加しています。例えば、電力小売事業者が蓄電池販売業者と連携したり、アグリゲーターがIT企業と組んでプラットフォームを開発したりするなど、異業種間連携が活発化しています。
市場の課題と新たなビジネス機会
ポストFIT市場は成長が期待される一方で、いくつかの課題も存在します。
- 買取価格の不安定性: 相対契約価格や市場価格は変動するため、FITのような安定した収益は見込みにくい現状があります。
- オーナーの多様なニーズと情報格差: 卒FITオーナーは、自家消費、売電、蓄電池設置など様々な選択肢に直面しますが、それぞれのメリット・デメリットや最適な選択肢に関する情報が十分に普及していない場合があります。
- 制度・規制の不確実性: エネルギー政策や関連制度の変更が、市場環境に影響を与える可能性があります。
これらの課題は、同時に新たなビジネス機会でもあります。
- データに基づいた最適化サービス: 個別オーナーの発電・消費パターンや市場価格データに基づき、自家消費、売電、蓄電池充放電を最適に制御するサービスへのニーズは高いと考えられます。
- 金融・保険商品の開発: ポストFIT設備の価値評価や、価格変動リスクをヘッジするための新たな金融・保険商品の可能性があります。
- 地域コミュニティでの連携: 地域内での電力融通や、共同での再エネ設備・蓄電池導入など、地域コミュニティ単位での取り組みを支援するビジネスが考えられます。
- 中古設備市場・リパワリング: 卒FIT設備のセカンダリー市場の形成や、設備の延命・高効率化を図るリパワリング事業の機会もあります。
- 異業種連携による新サービスの創出: EV、ZEH、住宅設備、通信など、エネルギー分野以外のサービスと連携することで、顧客にとって魅力的なトータルソリューションを提供できます。
まとめ
ポストFIT市場は、FIT制度が創出した膨大な再エネ設備容量を基盤とし、自家消費、余剰電力売却、そして多様な関連サービスによって構成される、複雑かつ急速に変化している市場です。その規模は今後数年で数千億円、長期的には1兆円を超える可能性も秘めています。
この市場には、既存の電力会社から新電力、蓄電池メーカー、IT企業まで、多様なプレイヤーがそれぞれの強みを活かし、競争と協調を繰り広げています。新規事業開発担当者の皆様にとっては、これらのプレイヤーの動向や戦略を深く理解することが、自社の立ち位置を定め、差別化されたサービスを開発するための鍵となります。
課題も存在しますが、データ活用、異業種連携、地域での取り組み支援など、新たな視点から市場を捉えることで、ポストFIT時代における持続可能なビジネスチャンスを見出すことができるでしょう。市場規模の予測やプレイヤーの動向に関する最新情報を常に収集し、柔軟な発想で事業戦略を構築していくことが求められています。