ポストFIT時代における海外先進事例研究:日本事業への示唆と戦略立案
はじめに:なぜ今、海外事例から学ぶ必要があるのか
日本の固定価格買取制度(FIT)の期間満了を迎える再エネ設備が増加しており、ポストFIT時代が本格的に到来しています。この新たな市場環境下で事業を継続・拡大するためには、従来の売電モデルにとらわれない多角的な視点と戦略が必要です。
世界に目を向けると、日本よりも早くFIT制度を導入し、既にその後の市場移行を経験している国々が存在します。これらの国の経験、直面した課題、そしてそれを乗り越えるために事業者や政策当局が講じた対策は、まさに今日本が直面している状況に対する貴重な示唆を与えてくれます。
本稿では、エネルギー転換が進む海外の主要国におけるポストFIT市場の動向と先進的な取り組み事例を紹介し、日本の再エネ事業者が自社の戦略を立案する上で役立つ知見を提供いたします。エネルギー関連企業の新規事業開発担当者の皆様にとって、未来を切り拓くヒントとなれば幸いです。
海外におけるポストFIT市場の動向と先進事例
1. ドイツ:アグリゲーションと市場統合の進展
ドイツは、再エネ導入を積極的に推進してきた国の一つであり、早くからFIT(独EEG法)の買取期間満了を迎える設備が登場しました。ドイツにおけるポストFIT市場の主要な動向と事例は以下の通りです。
- 市場連動型での売電: FIT期間満了後、多くの再エネ電源は市場連動型での売電に移行しました。これは、電力市場の価格に応じて売電価格が変動する方式であり、価格変動リスクへの対応が重要となります。
- バーチャルパワープラント(VPP)による統合: 多数の分散型再エネ電源を集約し、一つの発電所のように制御するVPPが急速に普及しました。VPP事業者は、個別の小規模電源では難しかった市場取引や系統安定化への貢献を可能にしています。これにより、再エネ電源の価値が向上し、新たな収益源が生まれています。
- 自家消費と地域利用の促進: 再エネ自家消費や、地域内での電力融通を促進する動きも見られます。特に、家庭用・産業用蓄電池の導入支援策と組み合わせることで、自家消費率の向上やピークカット、BCP対策としての再エネ活用が進んでいます。
- リパワリングと運転継続: 既存設備の効率向上や延命を図るリパワリング(設備の一部または全部を更新する)が選択肢の一つとして検討されています。
2. アメリカ:多様なビジネスモデルの展開(州ごとに異なるアプローチ)
アメリカでは連邦レベルでのFIT制度は存在しませんが、州ごとに再エネ導入支援策(例:州RPS、Tax Creditなど)が展開されており、その後の市場環境も多様です。特にカリフォルニア州など再エネ先進州の事例は参考になります。
- PPA(電力購入契約)の普及: 法人顧客との長期PPAが再エネ導入の主要な手法の一つであり、FITに依存しない市場主導型の再エネ事業モデルが確立されています。卒FIT電源についても、新たなPPA契約やオンサイトでの自家消費契約などが検討されています。
- ネッティング制度と自家消費: 一部の州では、住宅用太陽光などで発電した電力を系統に逆潮流した場合、小売購入分と相殺できるネッティング制度が導入されています。これにより、自家消費の経済合理性が高まっています。
- 蓄電池併設による価値向上: 太陽光発電設備に蓄電池を併設することで、ピークシフト、デマンドチャージ削減、アンシラリーサービス市場への参加など、複数の収益機会を創出するビジネスモデルが注目されています。
- コミュニティソーラー: 地域住民が共同で太陽光発電所に投資し、発電された電力によるメリットを享受するコミュニティソーラーも広がっており、卒FIT電源の新たな活用先としても期待されています。
3. オーストラリア:高まる自家消費と蓄電池の重要性
オーストラリアは、日射量が豊富で住宅用太陽光の普及率が高い国です。FIT期間満了後の市場では、自家消費と蓄電池の役割が非常に重要になっています。
- 低い固定買取価格: 過去のFITが終了した後の買取価格は、市場価格や小売電気事業者の設定する価格に連動しており、FIT期間中に比べて大幅に低下しました。
- 自家消費率の最大化: 売電メリットが低下したため、発電した電気をできるだけ自家消費するインセンティブが高まっています。スマートメーターやエネルギー管理システム(EMS)を活用し、消費パターンに合わせて発電・消費を最適化する取り組みが進んでいます。
- 住宅用蓄電池の爆発的な普及: 自家消費率をさらに高める手段として、住宅用蓄電池の導入が急速に進んでいます。これにより、余剰電力を蓄電池に貯めて夜間や曇天時に利用することが可能になり、電気代削減効果が向上しています。
- VPPへの参加: 住宅用蓄電池や太陽光発電システムを束ねてVPPを構築し、電力市場や系統運用に貢献するビジネスモデルも登場しています。
日本の再エネ事業への示唆
これらの海外事例から、日本のポストFIT時代における再エネ事業者が学ぶべき重要な示唆がいくつか見出せます。
- 売電以外の価値創出: 低下する売電価格に依存するのではなく、自家消費の促進、地域内での電力融通、EV充電との連携、非常用電源としての活用など、再エネの多様な価値に着目し、新たな収益モデルを構築する必要があります。
- アグリゲーションとVPPの活用: 小規模な卒FIT電源を単独で扱うのではなく、アグリゲーションによって束ね、VPPとして市場取引や系統サービスに参画することで、電源としての価値を高めることが可能です。これは、特に多数の住宅用・産業用卒FIT案件を抱える事業者にとって重要な戦略となります。
- 蓄電池ビジネスとの連携強化: 蓄電池は、自家消費率向上、市場取引への参加、系統貢献など、ポストFIT電源の価値を最大化するための鍵となります。再エネ事業者は、蓄電池メーカーや販売事業者との連携を強化したり、自社で蓄電池サービスを展開したりすることを検討すべきです。
- 顧客エンゲージメントと多様なサービスの提供: FIT終了は、顧客との関係性を再構築する機会です。単に売電を続けるか自家消費に切り替えるかの選択肢を示すだけでなく、EMSによる最適化提案、蓄電池のリース・販売、O&Mサービスの継続、EV関連サービスなど、顧客のニーズに合わせた多様なサービスを提供し、長期的な関係を構築することが重要です。
- データ活用とDXの推進: 発電データ、需要データ、市場価格データなどをリアルタイムで収集・分析し、発電量予測、最適運用、顧客へのパーソナライズされたサービス提供に繋げるデータ活用能力が競争優位性の源泉となります。
- 政策動向と制度活用への適応: FIP制度、容量市場、非化石価値取引市場、各種補助金など、変化する政策・制度を正確に理解し、これを事業機会として最大限に活用する柔軟性が求められます。
新規事業開発に向けた戦略立案のポイント
海外の先進事例を踏まえ、日本の新規事業開発担当者が取るべき戦略立案のポイントは以下の通りです。
- 市場ニーズの徹底的な分析: 卒FITを迎える法人・個人のオーナーがどのような課題やニーズを抱えているのか(電気代削減、BCP強化、RE100対応、設備の老朽化、手続きの煩雑さなど)を深く理解することが出発点です。
- ターゲット顧客セグメントの明確化: 住宅、低圧法人、高圧法人など、ターゲットとする顧客セグメントを明確にし、それぞれのセグメントに最適なソリューションを開発・提供します。例えば、住宅向けには自家消費+蓄電池+EMSのパッケージ、高圧法人向けにはオンサイトPPA+BCP対応+環境価値提供などを組み合わせるなどです。
- 多様なパートナーシップの検討: 蓄電池メーカー、EMSベンダー、小売電気事業者、施工事業者、地域金融機関、EV関連企業など、様々なプレイヤーとの連携により、自社だけでは提供できない包括的なサービスを実現します。
- 技術動向のキャッチアップ: 蓄電池、EMS、VPPプラットフォーム、AIによる予測技術など、関連技術の進化は非常に速いです。常に最新技術動向を把握し、自社サービスへの導入可能性を検討します。
- 規制・制度リスクへの対応: 電力システム改革、関連法規、補助金制度などは今後も変化が予想されます。これらの動向を注視し、事業計画に織り込む必要があります。
- 経済合理性と環境価値の両立: ポストFIT市場では、経済的な合理性が求められる一方で、再エネが持つ環境価値への意識も高まっています。両方を満たすビジネスモデルの構築を目指します。
まとめ
FIT制度の終了は、再エネ事業に大きな変化をもたらしますが、同時に多様な新規事業機会を生み出す契機でもあります。ドイツ、アメリカ、オーストラリアといった海外の先進事例は、低価格化する売電環境下でも、アグリゲーション、蓄電池連携、多様なサービス提供、データ活用などを通じて再エネの価値を再定義し、事業を継続・発展させていることを示しています。
これらの知見を参考に、日本の再エネ事業者の皆様には、既存の枠にとらわれず、革新的な視点と具体的な行動計画を持ってポストFIT時代の市場変化に積極的に対応し、新たな事業機会を掴んでいただきたいと思います。海外の成功事例を学び、自社の強みと組み合わせることで、競争力のある持続可能なビジネスモデルを構築することが、今後の再エネ市場で成功するための鍵となるでしょう。