ポストFIT時代の再エネ事業のレジリエンス強化:自然災害リスク対策とBCP
はじめに:激甚化する自然災害と再エネ事業の新たな課題
FIT(再生可能エネルギーの固定価格買取制度)期間が終了し、再エネ事業は新たなステージへと移行しています。発電した電力を長期的に自家消費したり、市場や相対契約で販売したりと、事業形態は多様化し、地域分散型エネルギーシステムの中核を担う存在としてその重要性を増しています。
一方で、近年、気候変動の影響などにより自然災害が激甚化・頻発化しており、再エネ設備もまた、これらのリスクに晒されています。台風による設備の損壊、地震によるパネルの破損や地盤沈下、洪水による浸水、落雷、積雪による倒壊など、様々な自然災害が再エネ事業の継続に影響を与え得る状況にあります。
FIT制度下では、安定した売電収入が保証されていたため、災害時の損失は保険等でカバーされる範囲で済むという側面もありました。しかし、ポストFIT時代においては、自家消費によるコスト削減効果の喪失、市場価格変動リスクへの晒露、相対契約における供給責任の不履行リスクなど、事業継続が中断することによる経済的・信用的な損失はより大きくなる可能性があります。
このような背景から、ポストFIT時代の再エネ事業においては、単に発電効率や経済性だけでなく、自然災害に対するレジリエンス(強靭性・回復力)強化と、万一の被災時にも事業を早期に復旧させるための事業継続計画(BCP:Business Continuity Plan)の策定・実行が、持続可能な事業運営のための喫緊の課題となっています。新規事業を検討される担当者様にとって、これらのリスクと対策を十分に理解し、事業計画に組み込むことは不可欠と言えるでしょう。
ポストFIT時代における再エネ事業の主な自然災害リスク
ポストFIT時代において、再エネ設備の長期運用や分散化が進む中で特に留意すべき自然災害リスクは多岐にわたります。
- 台風・強風: 太陽光パネルの飛散・損壊、架台の破損、風力発電設備の損壊など。特に沿岸部や山間部に設置された設備はリスクが高いです。
- 地震・津波: パネル・架台の損壊、パワーコンディショナー等の機器破損、地盤沈下、液状化など。津波リスクのある沿岸部では設備の流失も懸念されます。
- 洪水・内水氾濫: 設備や機器の浸水による機能停止・故障、汚泥の堆積による発電効率低下。河川沿いや低地に設置された設備は特に注意が必要です。
- 落雷: パネルやパワーコンディショナー、監視システム等への直撃または誘導雷による損傷。広範囲に設置された設備はリスクが高まります。
- 積雪・凍結: パネル上への積雪による発電停止、積雪荷重による架台やパネルの破損、寒冷地における機器の凍結故障。豪雪地域や寒冷地での設置は設計上の配慮が必要です。
- その他: 土砂崩れ(崩壊・土石流)、火災(延焼)、鳥獣被害なども、災害リスクとして考慮すべき場合があります。
FIT時代と比較して、設備が老朽化していく中でこれらの自然災害が発生した場合、被害が拡大する可能性も否定できません。また、自家消費を前提としたシステムの場合、設備停止は直接的に電力コストの増加や事業活動の中断につながるため、リスクマネジメントの重要性が増しています。
レジリエンス強化に向けた具体的な対策
再エネ事業のレジリエンス強化は、設備の設計・設置段階から運用・保守、そしてシステム構成に至るまで、複数の段階で考慮すべき事項があります。
1. 設計・設置段階での対策
- 適切な立地選定: ハザードマップなどを活用し、洪水、土砂災害、津波などのリスクが低い場所を選定することが最も根本的な対策です。
- 耐災害性を考慮した設計・施工:
- 耐風設計: 建築基準法等で定められた基準を遵守するだけでなく、想定される最大瞬間風速に基づいた強度の架台設計や基礎工事を行います。
- 耐震設計: 地震地域係数等を考慮し、必要な耐震性を確保します。地盤調査に基づいた適切な基礎構造の選定も重要です。
- 浸水対策: 可能であれば高所への設置を検討します。難しい場合は、止水壁の設置や重要機器の嵩上げなどの対策を講じます。
- 積雪対策: 想定される積雪荷重に耐えうる強度設計や、積雪しにくい架台角度の検討を行います。
- 落雷対策: 避雷針の設置や適切な接地工事、サージ防護機器の設置などを行います。
2. 運用・保守段階での対策
- 定期的な点検とメンテナンス: 設備の劣化状況を早期に発見し、補修・交換を行うことで、災害発生時の被害拡大を防ぎます。特に、架台の腐食、ボルトの緩み、パネルのひび割れなどは念入りに確認します。
- 遠隔監視システムの活用: 設備の稼働状況や異常をリアルタイムで把握することで、災害発生時の被害状況の確認や復旧対応を迅速化できます。
- 老朽化対策: パネルや主要機器の性能劣化が進んでいる場合は、リパワリングや機器交換を検討し、設備自体のレジリエンスを高めます。
3. システム構成によるレジリエンス向上
- 分散型システムの構築: 単一の大規模発電所に依存せず、複数の小規模発電所や自家消費設備を分散配置することで、広域災害が発生した場合でも、一部設備の被害で全体の機能が停止するリスクを低減できます。
- 蓄電池システムの併設: 停電時にも電力を供給できるため、自家消費継続や系統からの独立運転(マイクログリッド化)によるレジリエンス向上に大きく貢献します。BCP対策の中核となり得ます。
- VPP(バーチャルパワープラント)への参加/構築: 地域内の分散型電源を統合・制御することで、地域全体の電力需給バランスを維持し、災害時の系統寸断リスクに対する冗長性を高めることが可能です。
事業継続計画(BCP)の策定と実践
レジリエンス強化が「被災しにくい、被害を抑える、早期に回復する」ための物理的・システム的対策であるのに対し、BCPは「災害発生時にも事業を継続・早期復旧させるための組織的・計画的な取り組み」です。
1. BCP策定のプロセス
- リスク評価: どのような自然災害が自社の再エネ事業に影響を与える可能性があるか、その影響度(設備の損壊、発電停止期間、復旧コスト、供給責任不履行による賠償リスクなど)を評価します。ハザードマップや過去の災害事例などを活用します。
- 重要業務の特定: 事業継続のために最低限維持すべき業務(例: 特定顧客への電力供給、重要機器の監視・制御、情報発信など)を特定します。
- 対策の立案: 重要業務の継続・早期復旧に向けた具体的な対策を立案します。
- 設備復旧計画: 被害状況の確認方法、復旧優先順位、協力業者との連携、資材調達ルートの確保などを定めます。
- 電力供給代替手段: 蓄電池による供給、非常用発電機の活用、他事業者からの融通などを検討します。自家消費型PPAの場合は、顧客への影響を最小限にする代替策が必要です。
- 情報通信手段の確保: 災害時にも連絡が取れるよう、複数の通信手段(衛星電話、無線など)や安否確認システムを準備します。
- 組織体制: 災害対策本部の設置、担当者の役割分担、緊急連絡網などを整備します。
- 保険・ファイナンス: 損害保険への加入(自然災害補償を含むか確認)、災害復旧のための資金調達手段などを確保します。
- 訓練と見直し: 策定したBCPの実効性を確認するため、定期的に訓練(机上訓練、実動訓練)を実施します。訓練結果や新たなリスクを踏まえ、BCPを定期的に見直します。
2. ポストFIT時代のBCPにおける留意点
- 供給責任への対応: 自家消費型PPAや相対契約など、特定の需要家への電力供給を契約している場合、災害による供給停止は契約不履行リスクとなります。代替電力の確保や契約上の免責事項の確認が重要です。
- 分散電源・地域との連携: 複数の分散型電源を運用している場合は、全体を連携させて機能維持を図る計画が必要です。また、地域BCPとの連携により、地域全体のレジリエンス向上に貢献できる可能性があります。
- データ保全: 運用データや顧客データなどが消失しないよう、クラウド等でのバックアップ体制を構築します。
新規事業開発担当者への示唆:レジリエンスを付加価値に
ポストFIT時代の再エネ事業において、レジリエンス強化とBCP対策は、単なるリスクヘッジではなく、新たなビジネス機会につながる可能性があります。
- 「災害に強い再エネ」を売りにしたサービスの提供:
- 特に法人顧客や公共施設向けに、停電時でも電力を供給可能な蓄電池併設型PPAや、地域マイクログリッド構築による高レジリエンスな電力供給サービスなどを提供することで、他社との差別化を図れます。
- 「レジリエンス診断サービス」や「BCPコンサルティング」など、再エネ設備の導入・運用におけるリスク管理ノウハウ自体をサービス化することも考えられます。
- 地域のレジリエンス向上への貢献:
- 地域の避難所や重要施設への再エネ+蓄電池システムの導入を提案し、地域BCPの中核となる電源を構築します。
- 地域のアグリゲーターとして、分散型電源を統合・制御し、地域内のレジリエンス向上に貢献する事業を展開します。
- 保険・ファイナンス分野との連携:
- レジリエンス対策を適切に行っている再エネ案件に対する優遇保険料率の設定や、グリーンボンドなど災害対策要素を組み込んだファイナンス商品の開発などが考えられます。
これらの取り組みは、単に事業のリスクを低減するだけでなく、企業価値の向上、ESG投資家からの評価獲得、そして地域社会からの信頼獲得にもつながります。
まとめ:持続可能な再エネ事業の確立へ
ポストFIT時代の再エネ事業は、市場環境の変化への適応に加え、激甚化する自然災害という避けられないリスクに直面しています。この時代において事業を継続的に成長させていくためには、設備のレジリエンス強化と事業継続計画(BCP)の策定・実行が不可欠です。
これらの対策はコストとして捉えられがちですが、長期的な視点で見れば、災害による大規模な損失や事業中断リスクを回避し、安定した収益を確保するための重要な投資と言えます。さらに、レジリエンスやBCPの視点を事業開発に組み込むことで、競合との差別化を図り、新たな付加価値を創造する機会も生まれます。
エネルギー関連企業の新規事業開発担当者様におかれましては、再エネ事業の経済性や技術的な側面に加えて、自然災害リスクとそれに対するレジリエンス・BCP対策を深く掘り下げて検討されることを強く推奨いたします。これにより、予測不能な事態にも対応できる、真に持続可能で社会に貢献する再エネ事業の構築を目指していただければ幸いです。