ポストFIT時代を見据えた再エネ事業のサプライチェーン強靭化戦略
はじめに
FIT(固定価格買取制度)の買取期間終了が本格化し、再エネ事業を取り巻く環境は大きく変化しています。ポストFIT時代においては、市場価格変動リスクへの対応や、競争環境の激化に対応するため、より一層のコスト削減と安定供給の確保が求められます。こうした状況下で、再エネ設備の製造から設置、運用、保守、そして廃棄・リサイクルに至るバリューチェーン全体、すなわちサプライチェーンの強靭化が事業の成否を左右する重要な要素となってきています。
本稿では、ポストFIT時代における再エネ事業のサプライチェーンが抱える課題と、競争優位性を確立するためのサプライチェーン強靭化戦略について解説いたします。新規事業開発担当者の皆様が、新たなビジネスモデル構築や既存事業の改善戦略を立案される上で、サプライチェーンの視点が不可欠であることをご理解いただける内容を目指しました。
ポストFIT時代における再エネ事業を取り巻く環境変化
FIT制度下では、固定価格での売電収入が保証されていたため、設備の導入コストやO&M(運用・保守)コストは比較的許容しやすい範囲でした。しかし、FIT終了後は電力市場価格に連動する形での売電や自家消費が主体となり、発電コストの低減が収益性を直接左右します。また、FIT制度に支えられた市場が成熟期を迎え、新規参入者や異業種からの参入も増え、競争はより激化しています。
このような状況下で、高品質な設備をより安価かつ安定的に調達し、効率的に設置・運用・保守を行うためのサプライチェーンの最適化と強靭化は、事業の継続性と成長のために避けては通れない課題と言えます。
再エネ事業におけるサプライチェーンの現状と課題
再エネ事業、特に太陽光発電を例にとると、そのサプライチェーンは多岐にわたります。主な構成要素としては、原材料調達、セル・モジュール製造、パワーコンディショナ(PCS)等の周辺機器製造、架台等の土木・建設資材製造、物流、サイトでの設置工事、O&M、そして将来的な撤去・リサイクルなどが挙げられます。
現在の再エネ設備のサプライチェーンは、いくつかの課題を抱えています。
- 特定の地域への依存: 多くの基幹部品や設備製造が特定の国・地域に集中しており、地政学リスク、貿易政策の変更、自然災害などによる供給途絶のリスクが高い状況です。
- コスト変動リスク: 原材料価格(例:シリコン、金属)、輸送コスト、為替レートなどの変動が、設備調達コストに直接的な影響を与えます。
- 品質管理とトレーサビリティ: サプライヤーが多岐にわたるため、一貫した品質管理や、部品レベルでのトレーサビリティ確保が難しい場合があります。これはO&Mの効率化や、将来的なリサイクルにも影響します。
- 環境・社会配慮(ESG)への対応: サプライチェーン全体での温室効果ガス排出量削減、労働環境、倫理的な調達など、ESG(環境・社会・ガバナンス)に関する要請が高まっていますが、実態把握と改善は容易ではありません。
- サイバーセキュリティリスク: デジタル化が進むにつれて、サプライヤー間の情報連携におけるサイバー攻撃のリスクも無視できません。
これらの課題は、ポストFIT時代の収益性の低下や事業継続リスクの増大に直結する可能性があります。
ポストFIT時代におけるサプライチェーン強靭化の必要性
ポストFIT時代において、再エネ事業者が競争力を維持・向上させるためには、以下の理由からサプライチェーンの強靭化が不可欠です。
- コスト競争力の強化: 安定した価格での部品調達や物流の最適化は、設備導入コストやO&Mコストの低減に直接貢献し、価格競争力の強化につながります。
- 供給安定性の確保: 特定地域への依存を低減し、複数の調達チャネルを確保することで、予期せぬ事態による供給途絶リスクを最小限に抑え、事業計画の不確実性を低減できます。
- リスク管理の高度化: 地政学リスク、自然災害、品質問題など、サプライチェーンに起因する様々なリスクを事前に特定し、対策を講じることで、事業継続性を高めます。
- ESG対応の推進: サプライチェーン全体での環境負荷低減や人権尊重などの取り組みは、企業の信頼性を高め、資金調達やブランディングにおいて有利に働きます。
- O&M効率の向上: トレーサビリティの向上や部品供給の安定化は、設備のメンテナンスや修理を迅速に行うことを可能にし、発電ロスを最小限に抑えます。
サプライチェーン強靭化のための戦略・対策
では、具体的にどのような戦略でサプライチェーンを強靭化していくべきでしょうか。新規事業開発担当者の皆様が検討すべき主なアプローチをいくつかご紹介します。
1. 調達先の多角化と代替供給網の構築
特定の国・地域に過度に依存せず、複数の国や地域から部品・設備を調達できる体制を構築します。これにより、一部の供給網が寸断されても事業を継続できるレジリエンス(回復力)を高めます。また、代替供給網として、国内生産や近隣国での生産を検討することも有効です。品質、コスト、納期、リスクなどを総合的に評価し、最適なサプライヤーポートフォリオを構築します。
2. デジタル技術を活用した可視化と最適化
IoT、AI、ブロックチェーンなどのデジタル技術を活用し、サプライチェーン全体の可視化を進めます。
- トレーサビリティの向上: ブロックチェーン技術などを用いて、部品の製造元、輸送経路、環境負荷情報などを追跡可能にすることで、品質問題発生時の原因特定やESG情報の透明性を高めます。
- 需要予測・在庫管理の最適化: 過去のデータや市場動向を分析し、AIを活用して需要や部品の劣化を予測することで、過剰な在庫を抱えることなく、必要な部品を必要なタイミングで供給できる体制を構築します。
- サプライチェーン・リスク管理システム(SCRM)の導入: サプライヤー情報、契約情報、リスク評価情報などを一元管理し、潜在的なリスクを早期に検知・評価できるシステムを導入します。
3. サプライヤーとの連携強化とパートナーシップ構築
単なる取引関係に留まらず、サプライヤーと長期的なパートナーシップを構築します。技術情報の共有、共同での品質改善活動、リスク情報の共有などを行うことで、サプライチェーン全体の信頼性と効率性を向上させることができます。特に、重要な部品やサービスを提供するサプライヤーに対しては、事業継続計画(BCP)の策定状況を確認するなど、踏み込んだ連携が求められます。
4. 契約によるリスクヘッジ
サプライヤーとの契約において、供給責任、品質保証、価格変動条項、不可抗力条項などを明確に定めることで、予期せぬ事態が発生した場合のリスクを軽減します。専門的な法務知識が必要となるため、必要に応じて外部の専門家と連携することも重要です。
5. 国内でのサプライチェーン構築・強化の検討
部品製造、メンテナンスサービス、リサイクル処理など、サプライチェーンの一部または全部を国内で構築・強化することは、輸送コスト削減、納期短縮、品質管理の容易化、地政学リスク低減、地域経済への貢献など、多くのメリットがあります。初期投資やコスト面での課題もありますが、政府の支援策なども活用しながら、実現可能性を検討する価値は大きいと言えます。
サプライチェーン強靭化がもたらす新規事業機会
サプライチェーンの強靭化は、既存事業の改善だけでなく、新たなビジネス機会の創出にもつながります。
- サプライチェーンコンサルティングサービス: 自社の知見やノウハウを活かし、他の再エネ事業者や関連企業に対して、サプライチェーンの最適化・強靭化に関するコンサルティングサービスを提供します。
- 共通部品調達・物流プラットフォーム: 複数の事業者が共同で部品を調達したり、物流を効率化するためのプラットフォームを構築・運営します。
- 再エネ設備向けメンテナンス部品供給サービス: 安定供給が難しいメンテナンス部品を、独自のサプライチェーンを活用して安定的に供給するサービスを展開します。
- トレーサビリティ・認証サービス: ブロックチェーン等の技術を用いて、再エネ設備の製造履歴や環境配慮に関する情報を追跡・証明するサービスを提供し、環境価値取引などと連携させます。
まとめ
ポストFIT時代を迎え、再エネ事業は新たな競争フェーズに入りました。この厳しい環境下で事業の持続可能性と収益性を確保するためには、サプライチェーンの強靭化が極めて重要です。調達先の多角化、デジタル技術の活用、サプライヤーとの連携強化、そして国内サプライチェーンの検討など、多角的なアプローチでリスクを管理し、コスト競争力を強化する必要があります。
サプライチェーンの課題に真摯に向き合い、戦略的な投資を行うことは、単なるリスク回避に留まらず、新たなビジネス機会を創出し、企業の持続的な成長を支える基盤となります。新規事業開発担当者の皆様には、ぜひこのサプライチェーン強靭化の視点を取り入れ、ポストFIT時代の再エネ事業のあり方を検討していただきたいと思います。