ポストFIT時代の中小企業・工場:自家消費・PPA導入を成功させるポイント
ポストFIT時代の中小企業・工場:自家消費・PPA導入を成功させるポイント
はじめに
2019年11月以降、住宅用太陽光発電のFIT(固定価格買取制度)買取期間が順次終了しており、今後は産業用太陽光発電についてもFIT期間終了を迎えるケースが増加してまいります。特に、屋根などを活用して太陽光発電設備を導入している中小企業や工場においては、FIT期間終了後の余剰電力の扱いが大きな課題となります。
従来のFIT期間中は、発電した電力のうち使用しなかった分を高価格で売電することが収益の柱の一つでした。しかし、FIT終了後は売電価格が大幅に低下するため、従来の売電中心のモデルでは経済的なメリットが大きく損なわれます。この変化は、単なる電力契約の見直しに留まらず、企業のエネルギー利用戦略、さらには事業活動そのものに影響を与えうるものです。
本稿では、ポストFIT時代を迎える中小企業・工場が直面する課題を整理し、自家消費やPPA(電力販売契約)といった主要な対策オプション、それぞれの成功に向けた導入のポイント、そしてエネルギー関連企業にとっての新たな事業機会について解説いたします。
中小企業・工場におけるFIT終了の影響と課題
多くの中小企業や工場では、FIT制度を活用して屋根や敷地に太陽光発電設備を設置し、発電した電力の一部を自家消費しつつ、余剰電力を売電してきました。FIT終了後は、この余剰電力の買取価格が、制度開始当初の単価(例:産業用初期の40円/kWh、36円/kWhなど)から、小売電気事業者が提示する低価格(多くの場合、10円/kWh未満)へと大きく低下します。
これにより、以下のような課題が顕在化します。
- 収益性の低下: 売電収入が激減し、太陽光発電設備の経済的メリットが大幅に低下します。これは、設備投資の回収計画にも影響を与えうるため、FIT後の新たな収益源やコスト削減策が必須となります。
- 電力契約の見直し: FIT期間中の特定契約から、FIT終了後の新たな買取契約や電力契約への切り替えが必要です。多様な契約形態の中から、自社の電力使用パターンに合った最適な選択を行う必要があります。
- 最適な電力活用の模索: 売電メリットが少ない状況で、発電した電力をいかに有効活用するかが重要になります。自家消費率の向上や、新たな電力市場での取引などが検討課題となります。
- 設備の老朽化とメンテナンス: 設備の経年劣化も進む時期であり、継続的な発電性能の維持やメンテナンス、将来的なリパワリングや撤去・廃棄の計画も考慮に入れる必要があります。
これらの課題に対し、中小企業・工場は限られたリソースの中で、最適なエネルギー戦略を再構築する必要があります。
ポストFIT時代の主要な対策オプション
FIT終了後の太陽光発電設備の活用策として、主に以下のオプションが考えられます。
1. 自家消費の最大化
発電した電力を自社の事業活動(工場での生産、オフィスでの電力使用など)で最大限に消費する戦略です。売電価格が低くなるため、購入電力を減らすことによる電気料金削減のメリットが最も大きくなります。
- メリット:
- 電気料金削減効果が高い(購入単価>売電単価となるため)。
- 再エネ由来の電力利用による環境価値の向上、企業の脱炭素目標達成に貢献。
- 電力系統からの購入量を減らすことで、電力系統の混雑緩和にも寄与。
- デメリット:
- 発電量と消費量の時間帯ギャップが大きい場合、自家消費率を高めるには工夫が必要。
- 日中の発電ピークと工場の稼働ピークが一致しない場合など、設備規模や電力使用パターンに合わせた設計が重要。
- 夜間や悪天候時の電力をまかなうには、別途購入電力が必要。
自家消費率をさらに高めるためには、蓄電池の導入が有効です。日中に発電した余剰電力を蓄電池に貯め、夜間や休日、悪天候時に使用することで、自家消費可能な範囲を広げ、購入電力量をさらに削減できます。ただし、蓄電池は初期投資が比較的高額になるため、経済性の慎重な検討が必要です。
2. PPAモデル(第三者所有モデル)への切り替え
FIT期間中に自社所有していた設備を、FIT終了後にPPA事業者(電力会社やサービス事業者)に譲渡し、 PPA事業者が設備の所有・運用・保守を行い、発電した電力を工場などが電力需要家として買い取るモデルです。あるいは、FIT終了を機に、新たにPPAモデルで再エネ設備を導入するケースもあります。
- メリット:
- 初期投資負担がない(新規導入の場合)または、設備譲渡による資金回収(既存設備の場合)。 中小企業にとって最大のハードルである初期投資や、FIT期間中の設備投資回収のリスクを軽減できます。
- 設備の運用・保守をPPA事業者が行うため、自社の手間がかかりません。
- 長期契約により、電力コストの安定化が図れる可能性があります。
- デメリット:
- PPA事業者との契約内容(買取単価、契約期間、メンテナンス範囲など)を十分に確認する必要があります。
- 自社所有に比べて、電力の自由な活用範囲が制限される場合があります。
- PPA事業者の選定が重要となります。
FIT期間終了した設備のPPAモデルへの切り替えは、設備の残存簿価や劣化状況、将来的な発電量予測などを踏まえた詳細な経済性評価が不可欠です。
3. 余剰電力の市場連動型取引や相対契約
FIT終了後の余剰電力を、小売電気事業者との相対契約や、卸電力市場価格に連動した価格で売電するオプションです。
- メリット:
- 電力市場価格が高い時間帯には、FIT終了後価格よりも高い価格で売電できる可能性があります。
- 契約によっては、固定価格での買取を選択できる場合もあります。
- デメリット:
- 市場価格連動型の場合、価格変動リスクがあります。価格が低い時間帯は売電収入が期待できません。
- 安定した収益を見込みにくいため、事業計画の策定が難しい場合があります。
中小企業・工場にとっては、電力使用パターンに合わせて自家消費を優先し、それでも発生する余剰電力をどのように扱うか、という視点で検討することが現実的でしょう。
4. 環境価値の活用
発電した再エネ電力の「環境価値」を証書化し、取引市場で売却する、または自社の脱炭素報告に活用するオプションです。J-クレジット制度や非化石証書取引などが該当します。
- メリット:
- 電力そのものの売電収入とは別に、環境価値を収益化できる可能性があります。
- 自社のScope 2排出量削減目標達成に活用できます。
- デメリット:
- 制度への理解と手続きが必要です。
- 環境価値市場の価格変動リスクがあります。
中小企業・工場の場合、まずは自家消費による電気料金削減効果を追求し、余剰電力の売買と合わせて環境価値の活用を検討することが考えられます。
導入を成功させるためのポイント
中小企業・工場がポストFIT時代を乗り越え、新たなエネルギー戦略を成功させるためには、以下の点が重要となります。
1. 現状とニーズの正確な把握
- 電力使用パターンの分析: 過去の電力使用データに基づき、時間帯ごとの電力消費量を正確に把握します。特に、太陽光発電の発電ピーク時間帯(日中)にどれだけ電力を消費しているか、休日稼働の有無などが重要です。
- 既存設備の状況評価: 太陽光発電設備の設置容量、実際の発電状況、経年劣化の度合い、メンテナンス履歴などを評価します。将来の発電量を予測する上で不可欠です。
- 事業活動の変化予測: 今後の事業計画(生産量、稼働時間、設備投資など)が電力需要にどう影響するかを予測します。
2. オプションごとの経済性・リスク評価
- コスト試算: 自家消費率向上策(蓄電池導入など)、PPA契約、新たな電力契約など、各オプションにかかる初期投資、ランニングコストを正確に試算します。
- メリット試算: 各オプション導入による電気料金削減額、売電収入(見込み)、環境価値売却収入などを試算します。
- 回収期間・収益性の評価: 投資額に対する回収期間や、長期的な収益性を評価し、複数のオプションを比較検討します。
- リスク評価: 市場価格変動リスク、PPA事業者の信用リスク、設備故障リスクなどを評価し、リスクヘッジ策も考慮します。
3. 補助金・支援制度の活用
国や自治体は、自家消費型太陽光発電や蓄電池導入、中小企業の省エネルギー投資に対する補助金制度を設けている場合があります。これらの制度を積極的に活用することで、初期投資負担を軽減し、経済性を向上させることが可能です。最新の公募情報を確認し、申請要件などを理解することが重要です。
4. 信頼できるパートナーの選定
エネルギー戦略の立案、設備導入、契約手続き、運用・保守など、ポストFIT対策には専門的な知識が必要です。エネルギーコンサルティング会社、設備設置業者、PPA事業者、小売電気事業者など、信頼できる実績と専門性を持つパートナーを選定することが、成功の鍵となります。複数の事業者から提案を受け、内容を比較検討することが推奨されます。
新規事業開発担当者への示唆:中小企業・工場向けビジネス機会
エネルギー関連企業にとって、ポストFIT時代の中小企業・工場セグメントは、新たなビジネス機会の宝庫と言えます。彼らが抱える課題に対し、的確なソリューションを提供することで、持続的なビジネスを構築することが可能です。
考えられるビジネス機会は以下の通りです。
- コンサルティングサービスの提供:
- 現状分析(電力使用、設備状況)と将来予測。
- 自家消費、PPA、新電力契約、環境価値活用など、複数のオプションの比較評価。
- 経済性シミュレーション、リスク分析。
- 最適な戦略立案と実行支援。
- 自家消費・蓄電池導入支援事業:
- 設備の設計、設置、運用、保守サービスの一括提供。
- 中小企業向けに特化した低価格帯、小容量の蓄電池ソリューション開発。
- スマートメーターデータなどを活用した最適な制御システムの提供。
- PPA事業:
- FIT終了既存設備向けPPAモデルの開発と提供。
- 中小企業向けのPPA契約条件の柔軟化、分かりやすい契約体系。
- 再エネ賦課金や託送料金など、料金体系の変動リスクを吸収・管理するスキーム。
- 電力トレーディング・アグリゲーション事業:
- 中小企業・工場の余剰電力を束ね(アグリゲーション)、電力市場で最適に取引するサービス。
- 市場価格変動リスクをヘッジする仕組みの提供。
- 蓄電池やデマンドレスポンスと組み合わせたVPP(仮想発電所)構築への組み込み。
- 環境価値取引支援事業:
- J-クレジットや非化石証書の発行・取引手続き代行。
- 環境価値の適切な評価と売却支援。
- O&M(運用・保守)サービス:
- FIT終了後の設備の長期的な健全性維持、発電効率向上に向けたメンテナンスサービスの提供。
- 遠隔監視、異常検知、迅速な修理体制の構築。
- リパワリングや将来的な撤去・廃棄に向けたコンサルティング。
- ファイナンス・リース事業:
- 自家消費設備や蓄電池導入にかかる初期投資へのファイナンス支援。
- 中小企業向けのリース契約モデル。
これらのビジネスを展開する上で、中小企業・工場特有の事情(限られた予算、専門知識を持つ人材の不足、迅速な意思決定プロセスなど)を理解し、彼らに寄り添った分かりやすい提案、スピーディーな対応、そして導入後の継続的なサポート体制を構築することが成功の鍵となります。データに基づいた客観的な分析と、複数の選択肢を分かりやすく提示する能力が求められます。
まとめ
ポストFIT時代は、中小企業や工場にとって、電気料金の高騰リスクに直面する一方で、自らのエネルギーをコントロールし、コストを削減し、さらには脱炭素経営を推進する絶好の機会でもあります。FIT終了による売電収入の減少という課題に対し、自家消費の最大化やPPAモデルへの移行、環境価値の活用など、多様な対策オプションが存在します。
これらの対策を成功させるためには、自社の電力使用パターンや設備状況を正確に把握し、各オプションの経済性とリスクを慎重に評価することが不可欠です。また、補助金制度を有効活用し、信頼できるパートナーと共に最適な戦略を実行することが重要となります。
エネルギー関連企業の新規事業開発担当者の皆様にとっては、中小企業・工場が抱える具体的な課題に対し、コンサルティング、自家消費・蓄電池導入支援、PPA、アグリゲーション、O&Mなど、幅広い分野で新たなソリューションを提供する機会が広がっています。彼らのニーズを深く理解し、信頼関係を構築することで、ポストFIT時代のエネルギー市場における新たなビジネスフロンティアを切り拓くことができるでしょう。