ポストFITにおける卒FIT電源のM&A・事業承継戦略:新規事業機会とデューデリジェンス
ポストFIT時代の新たなアセット獲得戦略としてのM&A・事業承継市場
固定価格買取制度(FIT)の買取期間が順次終了し、「ポストFIT時代」へと移行が進んでいます。この移行期において、FIT期間中に設置された太陽光発電設備などの再生可能エネルギー(再エネ)アセットが新たな市場の注目を集めています。特に、これらの卒FIT電源を巡るM&A(合併・買収)や事業承継は、エネルギー関連企業にとってポートフォリオの拡大や新規事業参入の重要な機会となり得ます。
FIT制度開始当初に認定を受けた設備を中心に、数年後には大量の卒FIT電源が発生することが予測されており、これらのアセットが中古市場やM&Aの対象となる可能性が高まっています。エネルギー関連企業の新規事業開発担当者様にとって、この動向を正確に理解し、適切な戦略を立てることは、ポストFIT市場での競争優位性を築く上で不可欠と言えるでしょう。
本稿では、ポストFIT時代の卒FIT電源M&A・事業承継市場の現状と展望、そして新規事業機会としての魅力、さらに設備取得において最も重要となるデューデリジェンス(適正評価手続き)の主要なポイントについて掘り下げて解説いたします。
卒FIT電源M&A・事業承継市場の現状と背景
FIT制度の設計上、多くの再エネ設備は20年間の買取期間を経てFIT認定が失効します。住宅用太陽光(10年)については既に多くの設備が卒FITを迎えており、非住宅用設備も今後順次その時期を迎えます。
卒FIT後の設備の選択肢としては、一般的に「自家消費」「相対・市場への売電」「設備の維持・更新(リパワリング等)」「撤去・廃棄」などが挙げられます。これらの選択肢に加え、「第三者への売却(M&A/事業承継)」という選択肢も現実的なものとなっています。
卒FIT電源を巡るM&A・事業承継市場が形成される背景には、以下の要因があります。
- オーナーの多様化とニーズの多様化: FIT開始当初に参入した個人や法人のオーナーの中には、設備の老朽化や管理の手間、卒FIT後の収益性低下への懸念から、設備を売却したいと考える層が存在します。一方で、再エネアセットの取得を通じて事業拡大や脱炭素目標達成を目指す企業が増加しています。
- 新たな収益機会の可能性: 卒FIT電源は設備投資が既に済んでいるため、比較的低コストで再エネアセットを取得できる可能性があります。取得した設備を適切に運用・管理し、自家消費、相対契約、市場連動型取引などを組み合わせることで、新たな収益源を確立できる可能性があります。
- ポートフォリオの多様化とリスク分散: 既存の発電ポートフォリオに卒FIT電源を加えることで、電源の種類や立地を分散させ、事業リスクを低減することが期待できます。
- セカンダリー市場の形成: 中古設備や稼働中の発電所を取引するセカンダリー市場が徐々に形成されつつあり、M&Aや事業承継もその重要な一部を構成しています。
ポストFIT電源M&Aにおける事業機会
卒FIT電源のM&A・事業承継は、エネルギー関連企業に複数の新規事業機会をもたらします。
- 発電事業の拡大: 既設の稼働中アセットを取得することで、新規開発に比べてリードタイムを短縮し、比較的早期に発電容量を拡大できます。
- エネルギーサービスの連携強化: 取得した卒FIT電源と、自社の提供するEMS(エネルギーマネジメントシステム)、蓄電池システム、小売電気事業、VPP(仮想発電所)などのサービスを組み合わせることで、付加価値の高い統合的なエネルギーサービスを提供できます。
- 地域分散型ビジネスの展開: 小規模分散型の卒FIT電源を束ねることで、特定の地域に根差したエネルギー事業やレジリエンス強化に貢献する事業を展開する基盤を構築できます。
- 新たな顧客層の獲得: 卒FIT電源のオーナーや、その設備を購入する法人・個人が新たな顧客となり、関連サービス(O&M、リパワリング、売電コンサルティングなど)を提供する機会が生まれます。
デューデリジェンス(適正評価)の主要なポイント
卒FIT電源のM&A・事業承継において最も重要となるプロセスの一つが、デューデリジェンスです。設備の実際の価値、リスク、収益性を正確に見極めるためには、多角的な視点からの評価が不可欠です。主な評価ポイントを以下に示します。
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技術的な評価:
- 設備の健全性: 太陽光パネル、PCS(パワーコンディショナ)、架台、ケーブルなどの主要機器のメーカー、型式、設置年、劣化状況、故障履歴、期待寿命などを詳細に確認します。
- 発電実績: 過去数年間の発電量データ(FIT期間中を含む)を確認し、設計値や周辺設備の平均値と比較してパフォーマンスを評価します。O&Mレポートや点検記録も重要な情報源です。
- メンテナンス履歴: 定期点検、修繕、洗浄などの実施状況や内容を確認し、適切なメンテナンスが行われているか判断します。
- サイト環境: 立地場所の気象条件(日射量、気温、積雪、塩害リスクなど)、周辺環境(影、雑草)、過去の自然災害履歴などを確認します。
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法務・契約面の評価:
- FIT認定と関連契約: FIT認定の条件、系統連系契約の内容(接続容量、費用負担、出力抑制実績)、土地の権利関係(所有権、賃借権、地役権)、発電所建設・O&Mに関する契約などを確認します。特にFIT認定失効後の契約関係(土地賃料、系統利用料など)は将来コストに直結します。
- 各種許認可・届出: 電気事業法、建築基準法、農地法、森林法など、関連法規に基づく許認可や届出が適切に行われているか確認します。
- 環境関連: 環境アセスメント(必要な場合)、廃棄物処理に関する契約や計画などを確認します。
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財務的な評価:
- 収益性: 過去の売電収入、FIT終了後の想定売電価格(市場連動、相対契約)、自家消費による削減効果などを基に、将来のキャッシュフローを予測します。
- コスト: メンテナンス費用(定期・不定期)、保険料、税金、土地賃料、系統利用料、その他運営にかかる費用を評価します。将来的なリパワリングや主要機器交換の費用も考慮に入れます。
- 事業価値評価: 上記収益・コストに基づき、DCF法(割引キャッシュフロー法)や比較対象法などを用いて、事業の現在価値を評価します。
- 税務・会計: 過去の税務処理、将来の税金負担などを確認します。
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その他リスク評価:
- 出力抑制リスク: 系統容量の状況や将来の出力抑制予測を確認します。
- 自然災害リスク: 立地場所のハザードマップを確認し、地震、台風、洪水などのリスクを評価します。
- 地域連携: 地域住民との関係性、自治体との連携状況などを確認します。
これらのデューデリジェンスを通じて、取得対象となる卒FIT電源の「真の価値」と「潜在的なリスク」を洗い出すことが、成功的なM&A・事業承継の鍵となります。
市場の展望と新規事業担当者への示唆
ポストFIT時代の卒FIT電源M&A・事業承継市場は、今後さらに活発化することが予想されます。特に、まとまった容量の非住宅用卒FIT電源が市場に出てくるにつれて、機関投資家やエネルギー専業以外の事業会社からの関心も高まるでしょう。
新規事業開発担当者様は、以下の点に注目し、戦略を練る必要があります。
- 情報収集体制の構築: 卒FITを迎えそうなアセットの情報や、売却ニーズに関する情報を早期に入手できるネットワークや体制を構築することが重要です。
- 迅速な評価能力: 対象アセットのデューデリジェンスを迅速かつ正確に行える専門チームや体制を構築する必要があります。
- 多様な出口戦略の検討: 取得したアセットを単に発電事業として運用するだけでなく、自家消費、VPP、地域エネルギー事業など、自社の既存事業や描く戦略にどう組み込み、価値を最大化できるかを具体的に検討することが求められます。
- 標準化と効率化: 小規模分散型の卒FIT電源を多数取得する場合、評価や契約手続きの標準化・効率化が成功の鍵となります。
まとめ
ポストFIT時代の到来は、再エネアセットの取得・活用において新たな地平を切り開いています。卒FIT電源のM&A・事業承継市場は、エネルギー関連企業が事業ポートフォリオを強化し、多様なエネルギーサービスを展開するための魅力的な新規事業機会を提供します。
しかしながら、中古アセットであるがゆえの隠れたリスクも存在します。設備の健全性、契約内容、将来の収益性などを多角的に評価するデューデリジェンスを徹底することが、これらのリスクを管理し、事業の成功を確実にするための不可欠なステップです。
新規事業開発担当者の皆様には、この変化を機会と捉え、市場動向の把握、評価体制の強化、そして取得アセットを核とした新たなビジネスモデルの創造に取り組んでいただくことを期待いたします。